読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

自臭症、自己臭恐怖症で悩む人のためのページ。私の自臭症の体験記が同じ症状と日々戦っている方への励ましになれればとてもうれしいです。私が悩み、闘い、苦労し、克服に至った経験が皆様の心の重荷軽減になれればと強く願っています。

自己臭恐怖症、自臭症は治らないわけがない!

皆さん、絶対に希望を持とう!

あきらめないで!

毎日が苦しくても、必ず明るい未来がやってくる!

自分だけは無理なんて思わないで!

そして自分を卑下しないで!

良くなっている人は他くさんいます!

私も、そしてこれからのあなたも!

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par4

負の感情の抑圧されたエネルギーが私の無意識からどんどんなくなっていくにつれて(最初は無尽蔵に思えるくらい詰まってた)、心が軽やかになっていった。

ストレスが洗い流されて、自己臭恐怖症になってからはじめて、すっごく楽な気分を味わった。

 

岩波先生が暗示が浸透する、言い聞かせることが出来る状態だと思ったのか、私に暗示を入れてくれた。

臭いに振り回されていたこと、対人恐怖になって人の顔色をうかがって自分を守って、それでも守りきれずにボロボロになっていたこと。夢も希望も諦めて、自殺ばかり考えていたこと、なぜ臭いや対人恐怖に執着したかの幼少期からの流れ、そして強くなるための暗示、これらを言い聞かせてくれた。

これは普段岩波先生が、平静の私にどんなに心を砕いて言い聞かせてくれても、私の無意識には届かないこと。

だけど、先生の脳覚醒技術(脳内・無意識訴求技術)で深いトランス状態の余韻に浸っている時、つまり暗示に反応する脳の回路が開いている時、同じ言葉をかけたら、私の無意識にすんなり入ってくれる。

 

抑圧された負のエネルギーがなくなってきた時だから、なおさら私もびっくりするくらい、自分で自分に説得できた。

自己暗示がかかるような感じ。

 

そして、どんなことがあっても生き抜いていけるそんな自分になれた気がした。

何が来ても私なら大丈夫、切り抜けられる、そう心から思えた。

思いたいではなくて、そう思えた。

不思議なくらい力が抜けていながら、心の芯のところで強さを感じる感覚だった。

 

私は私でも、一人目を閉じて自己暗示をかけた。

『私なら大丈夫、私ならやれる、私は存在していい、私は感動するために生きている、何があっても大丈夫』

こう言い聞かせても、どんどん強固な感情が湧き出てくる。

脳覚醒状態下の中で、やればやるほど覚悟が定まってくる感覚が、私には頼もしかった。

自分で自分を信頼していいかもと思えた。

 

はじめて悩んでから、私は自己否定感がなくなっていることに気づいた。

肯定感が少しずつ芽生え始めた。

罪悪感はなかった。

 

臭いについても、その日を境に気にならなくなっていった。

最初は半信半疑、つねに臭いをチェックしていたが、私の嗅覚でも臭いが少なくなっていることにある時気づいてからは、どんどん自信が付いていった。

臭いを悪化させやすい精神面の問題が解決していったからなのか、本当に妄想で私が勝手に臭いを感じていただけだったのか。

人の顔色や反応を伺うオドオドした自分も次第になくなっていった。

 

自分を殺して生きていた私が、はじめて人と仲良く付き合いたい、彼氏が欲しいと思った。

そして、神経症克服プログラムに通っている間中に、彼氏ができたしとても楽しく過ごせるようになっている。

これも先生の「今にいい彼氏ができるよ」という言葉通りになった。

 

諦めていた夢をもう一度チャレンジしようと思った。

前向きに人生をもっと楽しもうと思った。

失ってきた青春、その重く暗くジメジメした時期をはるかに超えて、人生を精一杯生きて楽しんで感動してやろうと思えた。

私にはいま強いエネルギーがあるのを感じている。

へこたれないパワーというか、自信というか。

 

もし私がプログラムに出会っていなかったときの最悪なその後の流れを考えると、どれだけ幸せだろう。

裏を返すと、私は人生が今おわっていたかもしれない。

苦しみ続けて耐えて耐えてそれでもなんの見返りも来ない惨めなみすぼらしい人生を送っていたかもしれない。

死ぬ勇気もないまま地獄を味わっていたかもしれない。

 

本当に先生には感謝しているし、自己臭恐怖症も対人恐怖症も克服できるんだということを、一人でも多くの人に知ってもらいたいです。

苦しい人生を送っていても、私のように逆転ができます。

時間は解決してくれません。

それに時間は限られています。

逃げても引き篭もっても守っても、自分の問題は一生ついて回ります。

克服してください。

あなたならばできます。

 

ここからが私の好転時期《自己臭恐怖症克服》 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par1 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par2 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par3 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

 

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par3

自己臭恐怖症について岩波先生はよく知っていた。

多くの人が神経症克服プログラムで治っているのだから、その心理や治し方をよく存じ上げてた。

 

決してこれまでのカウンセラーやお医者さんや催眠療法士のように、臭いそのものを否定することはなかった。

私が臭ってもいないこと、周りの人も迷惑してないことを、集団のメンバーの人に聞いて確認した。

だけど、自分が臭っているし、臭っていないことを疑う自分がいるのも事実だと言ってくれた。

特に自分が臭いがきつく感じるときの心理状態も言い当ててくれた。

よく知っていると思った。

 

普通は、臭っていない、気のせいだよ、で終わることなのに。

私はこの先生は信用できると思った。

考え方も素敵で、私が必要としていること、身につけていかなくてはいけないことばかり(ホームページを参照)http://www.mind-artist.com/

そして感嘆するしか無い技術。


一緒に集団で参加した人が良くなっている事実に励まされながら、私は一生懸命取り組んだ。

人がすごい暗示に反応して、心が浄化されたり、強くなったり、呪いがなくなったようなスッキリした表情になったり(オカルト的な意味じゃない)、それを見ていると、私も早くそこに至りたいと思った。

ほどなく私は運動性の暗示に反応するようになり、深い脳覚醒トランス状態に入った時に、感情が一気に湧いて出てきた。

 

私のどこにこんな抑圧された感情があったんだろうと思うくらい、悲しさというかなんか浄化された固まりが突き上げてきた。

まさに浄化、徹底的に浄化された感情がわっと出てきた。

不思議と私は泣きながらも安心していた。

人生で初めての落ち着いたなにか満たされたような、生きていてよかったと思えるぐらいのすごい余韻が出てきた。

 

これがみんな口を揃えて言っていた最高の感動なんだと思った。

ネット上でも通った人が言っていたことでも。

その感動の世界に私はいる、すごく嬉しかった。

人生でこんな感動味わったことなんかなかった。

 

あの抑圧を抜けきらなければ、それがストレスとなってもっと苦しんでいたに違いない。

ストレスと緊張は、臭いを悪化させるから、その根本原因を解決したほうが、臭いも出にくくなる。

それはほんとうだった。

それだけ心って怖い。

関係なさそうな臭いまで悪影響を与えるのだから。

 

ここからが私の好転時期《自己臭恐怖症克服》 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par1 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par2 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

 

これだけの抑圧された固まりが私のそれまでの人生で蓄積されて、破裂しそうだったんだなと恐ろしく感じるほど、私の抑圧された感情はひどかった。

だけど、抑圧が解消されていくについれて、憑き物が落ちたように、私の臭いへの執着はみるみる減っていった。

まさに劇的だった。

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par2

集団でも数が少ない日を私は先生にお願いした。

岩波先生の開発した脳覚醒技術は噂以上だった。

やっぱり文章では伝えられない感覚だけの世界。

私も表現できない。

 

でも、私は催眠療法を受けたことがあるから、世の中の一般レベルはよくわかってる。

はっきり言って大したことはなかったし、それでよくお金取れるなと思うぐらい。

それで生活している人に悪いけれど、岩波先生の足元にも及ばないぐらい。

出直してきて欲しいというレベルで、催眠療法と治っている人もいた。

 

神経症克服プログラムは10回40万円で高いけれど(特に大学生の私には)、それで人生が救われるならば、こんな安いことはない。

2コース通っても80万円、3コースでも120万円、軽自動車を買うならば絶対にこっちに決まってる。

 

それにもし自己臭恐怖や対人恐怖が治らなかった場合、いくらお金を出しても克服できない呪いの中で生きることを考えたら、やっぱり安い。

私は治らなかった未来は容易に想像がついた。

みすぼらしく苦しみながら、毎日生きながらえるだけの日々。

まともに社会人生活はできないし、一生孤独に生きていかなくちゃいけない。

そればかりか、社会に飛び込んでも、みんなから爪弾きにされる鼻つまみ者として行きなくちゃいけない・・・

 

私は東京に住んでいて、西新宿事務所には近いから、九州、東北、北海道や沖縄から高い交通費や宿泊費をかけてくる人に比べて恵まれている。

実際に海外から来ている人もいた。

先生の心理脳内プログラムを受けるためだけに。

 

私は覚悟が甘いと思った。

集団が臭いや対人恐怖でキツイなんて言ってられない。

弱音は決してはかないと誓った。

 

自分の人生の問題だ、ここでやり遂げなければ全て終わると思った。

だから一生懸命頑張った。

もうこの際、人への迷惑(と妄想)はそのままにして、やりきってみようって。

 

再び夢と希望を取り戻すために。

自分が自分を好きになれるために。

私を産んだ親を恨まないために。

この呪いを絶対に克服してやるんだ!

 

だから、私は岩波先生と出会ったし、予約をとってくれたのだから、精一杯自分の限界を越えるまでやってやろうって。

大阪まで通うようにもした。

 

ここからが私の好転時期《自己臭恐怖症克服》 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par1 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

 

Dream Art Laboratoryの神経症克服プログラムの体験と感想par1

岩波先生はDream Art Laboratoryをやっていて、そのなかに神経症プログラムがある。

私はもしかしたら自己臭恐怖症かもしれない、ただの悪臭女じゃなくて、精神的な、もっと言ったら無意識的なものから、その悩みが来ているかもしれない。

一種の神経症だったし、対人恐怖症だったから、数ある心理脳内プログラムの中で、神経症克服プログラムを選んだ。

 

私の臭いが変わるかどうか分からなかったけれど、岩波先生がホームページで書かれている言葉・講演集を読むと、私が必要としていることばかり書いてあった。

その卓越した理論や言葉に加えて、並じゃない評判と評価、通った人の喜びの声や体験記を読み、私はこれならばなんとかなるかもしれない、奇跡が起こるかもしれないと直感した。

 

ちょっと怖かったけれど、虎穴に入らずんば虎児を得ず。

私は思い切って飛び込んだ。

お金は母親から前借りした。

あとで返す約束をして。

必死だったし、あとに引けなかった。

 

なかなか先生とコンタクトを取れなかったけれど、電話し始めてから2週間後やっと岩波先生と話すことができた。(もとからメールを出しておけばよかったけれど)

そのとき先生は忙しそうで、話もそこそこに予約日時だけ決めた。

 

もっと話したかったけれど、多忙を極めているとのことで、世界や日本の遠いところから通う人が多いぐらいの人だからしょうがないと思った。

ただし集団形式ということに引っかかった。

 

だけど、岩波先生の神経症克服プログラムで自己臭恐怖症が実際に治った人の体験記を読んでいたから、飛び込んでみようと思った。

やっぱり虎穴に入らずんば虎児を得ず。

その先に私の未来が開けてくるならば、勇気を持って頑張ってみようと思った。

 

なにせ先生の能力レベルが比べるのもおこがましいほど、他と隔絶した技術を開発して持っているというのだから。

驚いて声が出ないほどすごい、その先には人生最高のくつろぎと極上のリラックス感が待っていて、それもとにかくすごいという。

すごい、すごいのオンパレードで、感動とドラマが待っているという。

 

楽しみのような怖いような、だけどあれだけの声望のある人だから、すごくないわけがないし。

私はあれこれ想像して考えたりもしたけれど、実際受けてみたら、全て想像以上。

私はこれで治ると直感したほど、その脳覚醒技術はすごかった。

 

もっと早く出会っていれば! と悔やんだほどです。

 

ここからが私の好転時期《自己臭恐怖症克服》 - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

 

ここからが私の好転時期《自己臭恐怖症克服》

自己否定と対人恐怖と、何にもまして臭いに苦しんできた私。

夢も希望もなかったけれど、どうにか傷つきながら生きながらえていた。

 

大学に入り、私は自分の臭いの悩みを学生時代のうちに治そうと思った。

絶望しかなかったけれど、それでも治りたかった。

治らなければ、それこそ生まれてきた意味はなかったし、それだけは悔しかった。

もしダメだったら、社会の片隅でみすぼらしく生きていくことだけはわかっていたから、学生のうちに絶対!

 

私の臭いは、妄想なのか、実際にひどいのか?

自己臭恐怖症や自臭症やおなら恐怖症、ガス恐怖症という言葉をはっきりと認識したのは大学一年生だった。

多くの人が自己臭恐怖症で苦しんでいることもネット検索で知った。

 

もしかしたら、やっぱり母親が言うように臭っていないのかしら?

だけど、なんで私にはその臭いが感じられるのだろう?

妄想?

 

それならばうれしいけれど、確かめることも怖い。

ただの気休めで、精神科医やカウンセラーの先生が言っているのでは?

なった人じゃなきゃわからないこの苦しみを、第三者の人間がいくら専門家だからってわからないはず。

 

私は調べれば調べるほど混乱してしまった。

でもなんとかして治さないといけない。

孤独に一人耐えたり戦い続けるのも嫌だった。

 

だから、とりあえず私はカウンセラー施設に通った。

やはり他の自己臭恐怖症の人と同じことを言われた。

「取り越し苦労だよ、臭っていないよ、自分がそう思っているだけ」

 

それならば嬉しいけれど、私の心は納得しなかった。

精神科にも通った。

同じニュアンスを言われた。

そして、抗不安剤を渡された。

 

だけど飲んだからって私の悩みは解決しなかった。

安易に薬を出す姿勢になんだかな~と思った。

心のことなのに、なんでポンと出すんだろう・・・?

 

私はますますわからなくなった。

答えを見つけたくてさらにネット検索をした。

ブログやホームページの体験を読む。

みんなやっぱり苦労してる。

多くの人が治らないまま生きている。

 

とにかく精神的に苦しいから何とかしたかった。

もし思い込みならば、その思い込みをなくそうと思った。

それには催眠療法がいいという。

だけど、低レベルもいいところで、私は結局催眠ってなんなのかわからなくなった。

三件通ったけれど、どれも似たようなことをやり、効果は全くなかった。

 

のちのちそれらは話にならない腕の持ち主とわかったけれど、お金を浪費してしまった。

私はお金の面でも、人よりも損していきなければならない、悔しくてたまらなかった。

普通の人達はそんなものにお金を使ったりしない。

もっと有意義なものに使うはずだ。

 

苦しんだ人だけがお金を費やす、この人生の呪い。

何をやっても悔しさ悲しさだけが増す。

治りたくても方法はなかった。

 

だけどまだまだあるはず、私は希望を持とうと思った。

そこで目に飛び込んできたのが、「岩波先生」というキーワードだった。

《凄腕、世界中から通ってきている、有名人も数多くお世話になっている、鬼才、カリスマ、世界最高の脳覚醒技術の開発者、岩波先生の言葉は人生を一変させてくれた、とにかくすごい、やばいぐらい能力が高い、日本一、世界一・・・・・》

こんな声が多かった。

 

結局、岩波先生の存在を知ることが、まず私にとって大きな転機の第一歩になった。

自分が大嫌いだった 自己否定と臭い

自己臭恐怖症のせいで常に罪悪感でいっぱい。

私がいるだけでみんな迷惑する。


これじゃあ、自己否定感が強まるのも無理は無いし、自分を抹殺したかった。

一人の時はそう思わなかったけれど、人が一人でもいるだけで、私は申し訳なく思った。

私は常に悪臭を発している、特に緊張したりストレスがひどい時にはもうどうしようもなく悪化した。

こう感じて生きていたから、自分を好きになろうなんて思えなくなった。

自分なんか認められないし、私を産んだ親まで嫌いになった。

なんで私がここに存在しているんだろう?

苦しむためだけに生きているのだから、生まれてきたくなかった。


ほかは特に悩みもないし、人様に遅れを取ったりコンプレックスに感じることは少なかったけれど、この臭いだけはすべてを帳消しにして、さらに私を地獄に落とすぐらいの短所だった。

たった一つのためだけに私の人生は終わっていた。

もう諦めようかと思った、人生を。

 

だけど、ただひとつの苦しみのためだけに、人生を終わらせるのも悔しかった

つらいけれど乗り越えれば未来はあるんだ、そう思いたかった。


でも、現実はその壁があまりに高くて、私は何度も挑んでは跳ね返され、絶望の淵に追いやられた。

自己否定感がその結果高まり、ひたすら自分を、症状を、人を呪うだけ

一生このまま続く絶望感、それならば死ぬ選択肢が私の唯一の希望になった時もあった。

 

自己臭恐怖症と戦い、傷つきボロボロになって - headfon’s diary

 

 

自己臭恐怖症に苦しめられて 真っ黒な未来、暗黒時代の私 - headfon’s diary

 

 

自己臭恐怖症・おなら恐怖症・ガス恐怖症、これらが私の人生を滅茶苦茶にした - headfon’s diary

 

 

彼氏も友達も自己臭恐怖症、対人恐怖症のせいでできなかった - 自己臭恐怖症、私という存在 《自臭症克服記》

 

自己臭恐怖症のせいで夢を諦める、その絶望って

私には昔からやりたい夢があった。

十代中頃、今から考えると自己臭恐怖症、ガスおなら恐怖症になり始まる前までは、強くファッション関係の仕事につきたいと思ってた。

 

症状が悪化して、絶望しか感じられなくなるに連れて、夢も諦めざるを得なかった。

ファッション=いい香りというイメージ、これに反するから。

私みたいな臭い女がファッションの仕事をしてはいけない。

モデルの仕事にしても、ファッション雑誌の仕事にしても、アパレル関係の会社や店で働くにしても、どこに嫌な匂いを振りまきかねない女が存在しているんだろう?

 

私みたいな人間こそ、社会の底辺で臭いところで働かなければならないんだな、と思った。

それは嫌だったけれど、現状が現状だったから、上を見ることはつらいだけになった。

自己否定感が強くなるに連れて、私は夢を諦めた。

 

ファッション以外の仕事につくにしたって、人と接するような仕事は無理だと思った。特に近い距離で働かなければならない時や、身動きがとれない状況の仕事では。

そうなるとデスクワークもできないし、営業をやっても相手する人に悪印象を持たせてしまうかもしれない。

 

やっぱり考えれば考えるほど絶望しかなかった。

仕事、彼氏、人間関係、全てにおいて真っ暗闇だった。

 

どれだけ夢を諦めてきただろう、これからも夢を捨てなくてはいけないのだろう。

自己臭恐怖症を経て対人恐怖症になる

常に人の反応や顔色や言動を伺ってビクビクしていたのだから、もうこの時には完全に出来上がった対人恐怖症だった。

臭いが関係ないところでも、人に気を許せなくなった。

 

人がいるだけで、緊張感が増して、落ち着かなくなったし、息苦しくなったり、心臓の音がすごかった。
そして、私の弱点を指摘されるかもしれないという恐怖に怯えた。

 

また人の言動一つ一つに一喜一憂した。

何でも悪い方向に考え、人が私を笑っているとか影で悪口を言っているとか、嫌っているとか、そんなことばかり考えるようになった。

人の立てる物音一つにも敏感になり、ビクビクした。

だからもっと人の動きが気になった。

 

人からどうにかしてよく思われたいけれど、臭いのせいでそれもかなわない。

ならば、少なくとも嫌われないようにしよう、そう考えた。

それがさらに人の動きに振り回されて、クタクタに神経をすり減らす事になった。

 

対人恐怖症が悪化して、私の未来はますます絶望的になった。

部屋で一人でいる時だけが私が安心できる唯一の環境だった。

だけど、先のことを考えたら、私は部屋の中にいても落ち着かなくなった。

先には絶望しか無いのだから。

 

このまま治らず死ぬまでこんなことで生きるのかと思うと、私にできることは消え去ることか、ただ耐えることだけ

彼氏も友達も自己臭恐怖症、対人恐怖症のせいでできなかった

人と親密になればなるほど、私はいたたまれなかった。

せっかく私に好意を寄せてくれているのに、ニオイのせいで離れていくことが怖かった。

仲良くなってくれた人だけに・・・・

 

もし仲良い人に臭いで攻撃されたり避難されたら、その時点で私の人生は詰むと思ってた。

何度も書くようだけど、もう死ぬしか無いって。

 

幸いそれがなかったから、いまこうして生きながらえているし、無事克服に至ったわけだけど、私は今思えば綱渡りの人生だったんだなと思う。

もし友人でも知人でも、誰かが心ない一言を発しただけで、私は命を絶っていたのだから。

 

彼氏なんか、臭いのせいで特にできないと思った。
好意を寄せられても、だからこそ遠ざかった。
私が好きでも、なおさら距離を取らなくちゃいけなかった。

人の好意はありがたいけれど、それ以上に迷惑に感じた。

でも結局私自身が悪いのだから、自己否定はますます強くなる。

 

友だち関係、人間関係も積極的になれず、常に受け身で誘われるのを待っている。

だけど、誘われたところで嬉しくもない。

誘われないともっと嬉しくない。

だから、どっちにしても生きていて嬉しい事なんてなくなっていった。
つらいことだらけ・・・

 

匂いに敏感じゃなかった時はよかった。

かつての楽しかった時を思い起こしても、なんでこうなったの? こればかり考えて涙ばかり流していた。

消臭剤、スプレー、芳香剤、こまめな洗濯、口臭アイテム、これらを人の何倍も使い、いつも守って生きていた。

だけど、それに頼るのも嫌だった。

 

ずっとこんなふうに惨めに生きていくのは耐えられなかった。

 

自己臭恐怖症と戦い、傷つきボロボロになって - headfon’s diary

 

 

自己臭恐怖症に苦しめられて 真っ黒な未来、暗黒時代の私 - headfon’s diary

 

 

自己臭恐怖症・おなら恐怖症・ガス恐怖症、これらが私の人生を滅茶苦茶にした - headfon’s diary

 

自己臭恐怖症・おなら恐怖・ガス恐怖、私の人生が滅茶苦茶にされた

自分の体臭、内部から発する悪臭が、私から発していて、皆に迷惑をかける罪悪感で死にたくなっていた。

特に私にも感じられる臭いが、どんどん私から立ち上っているのを悟った時、もういてもたってもいられず、理由をつけてその場を離れていた。

だから、授業中など容易に離れられない状況では、気が気じゃなかった。

 

落ち着かない、いたたまれない、申し訳ない、逃げたい、死にたい、消えてなくなりたい、でもどうしようもない。

 

ひたすら私は我慢し続けた。

思春期はこれにほとんどの時間を費やしてしまった。

 

同級生が普通に青春を謳歌しているのに比べ、私は惨めだった。

ほんとうの意味で私の気持ちがわかってくれる人なんていなかった。

 

特におなら恐怖、ガス恐怖と言われる、私から漏れ出る臭いがひどい場合、このまま屋上に上がって全て身を投げ出して、自分の悩みにピリオドを打ちたくなる衝動があった。

おならやガスのことだけは、親にもお医者さんにも言えなかった。

 

思春期、一番女子が花開くだろう大切な時期に、私の人生は真っ暗だった。

自己臭、ガス、おなら、これらが私の人生を振り回し、破滅させようとしていた。

 

自己臭恐怖が好転するのはまだ先の話だった。

その時はなんの明るい未来なんか考えられなかった。

 

自己臭恐怖症と戦い、傷つきボロボロになって - headfon’s diary

 

 

自己臭恐怖症に苦しめられて 真っ黒な未来、暗黒時代の私 - headfon’s diary

 

自己臭恐怖症に苦しめられて 真っ黒な未来、暗黒時代の私

臭いに敏感になり、臭いを隠すことだけが人生の目標になり、人から変に思われないように生きることだけに、全神経を費やしてきた。

普通の同世代の子は、そんなこと考えないで、楽しく暮らしているのに、なぜ私だけがこんな目に。

 

だからどんどん私は生きられなくなっていった。

人の反応が怖い

人から臭いを指摘されるのが怖い。

一対一の時ならまだしも、異性がいるときや人がたくさんいる中で、『お前臭い』と言われたら、自殺しようと思っていた。

 

臭いだけじゃなく、人の目も態度もすべてが怖かった。

笑い声も怖かった。

いつも私の噂をしているんじゃないかとビクビクしていた。

『鼻』『くさい』『におう』という言葉、その類語や似た発音にも敏感になった。

 

親は臭わないという。

だけど臭うし、人の反応も臭っているようにしか思えない。

これって私の妄想?

確かめることが怖かった。

だからどうしてもできなかった。

 

そして私は彼氏も作ることもなく、ただひたすら隠れて守って耐えるだけの高校生活を送った。

大学生になっても全く明るい展望なんてあるわけもなく・・・・・・

 

これが働くようになっても、結婚しても(いやできない、絶対に)、子供が生まれて保護者会に参加しても、おばあちゃんになっても、ずっと私は悪臭に苦しめられる

そう考えると、死んだ方がマシだと思うようになった。

生きていていいことなんか一つも起きる予感もなかった。

 

このまま、悪臭を発する街のお荷物として、日陰で生きなくちゃいけないのか。

でも、どこにいっても、人はたくさんいる・・・・。

なぜ、なぜ、なぜ、私だけがこんな・・・・

 

はっきりしていたのは、自己臭恐怖症という症状のままいくと、一生精神的拷問を受け続けること。

そんな人生ならば、自分の手で終わらせてしまえ、そう思っていた。

未来、そんなものあるわけない。

絶望、それだけだった、当時の私には。

自己臭恐怖症と戦い、傷つきボロボロになって

臭いで私は対人恐怖症になった。

人の仕草に敏感になった。

 

治そう治そうと努力しても、よけい臭いが気になった。

人の悪意ある舌打ちや鼻をすする音に恐れおののいた。

 

実際に臭っていないと言われても信じられなかった。

人が怖くて怖くてたまらなかった。

 

私の存在がひどくちっぽけでありながら、ひどく悪臭で迷惑をかけるモンスターに思えてならなかった。

どうしても治りたかった。

 

でも方法なんてなかった。

自己臭恐怖症、これが私の人生を狂わせた。